■焼却炉における臭素系難燃剤とダイオキシン/フラン

1.はじめに
臭素系難燃剤の1種であるデカブロモジフェニルエーテルを含むプラスチックを約600oCで燃焼すると、ダイオキシン/フラン類が生成し、それらのダイオキシンが有毒であることが1980年代半ばに報告1)されました。それ以降、『臭素系難燃剤を含むプラスチックを焼却すると有毒なダイオキシン/フラン類が多く生成する』との誤解が生まれてきました。

その後、科学的な検討が行われ、臭素系難燃剤等に起因するプラスチックに含まれるハロゲンの量の多少よりも、むしろ、難燃条件、排ガスの処理条件がダイオキシン/フラン類の生成に遥かに大きな影響を及ぼすことが解明されてきました。

2.焼却条件
燃焼温度が600℃を超えるとダイオキシン/フラン類の生成より、生成される物質の分解速度の方が大きくなり2)、更に焼却排ガスを冷却するとき、飛灰(フライアッシュ)の触媒作用により、500〜300℃でダイオキシン/フラン類が再び生成(デノボ合成)することが判明しました。3)
この知見により、現在では、管理された先進的な焼却炉で燃焼(燃焼温度800℃以上、滞留時間2秒以上で焼却、焼却ガスを200℃以下に急冷)すれば、ダイオキシン/フラン類の生成は、現在の排出許容値より遥かに少ないことが認識されています。
例えば、焼却炉の運転条件として、労働省(現厚生労働省)の1997年12月1日施行の廃棄物処理法施行令では、焼却温度800℃以上(改正法に先立つ1997年1月に公布された第2次ガイドラインでは新設炉に対し焼却温度は850℃以上望ましくは900℃以上)、滞留時間2秒以上4)、燃焼直後の排ガスを200℃以下に急冷することが定められています。燃焼直後の排ガスは、1秒以内に200℃まで急冷することにより、ダイオキシン/フラン類の再生成を防止できると言われています。
プラスチック処理促進協会のまとめた、「平成9年度廃プラスチック処理に関する自治体報告書」では、焼却炉におけるダイオキシンの排出濃度は、ゴミ中のプラスチックの含有量と相関がなく、焼却炉の形式、集塵機の機種により大きく影響されることを報告しています。5)
スイス、デンマークにおいては焼却炉におけるダイオキシン問題はすでに解決ずみと言われています。5)

3.都市ゴミと難燃剤含有プラスチックの共燃焼
ドイツのTAMARAのパイロット燃焼炉(焼却能力250Kg/h)で都市固形ゴミと電気・電子プラスチック廃棄物を共燃焼する試験を行った(燃焼温度900〜930℃で燃焼し、燃焼ガスを200℃まで急冷、排出ガス量900m3/h)結果でも、難燃剤を含有するプラスチック(電気・電子プラスチック廃棄物)を都市ゴミと一緒に燃焼させても、monoBrまたはdiBr-polyClダイオキシン/フラン類(大部分はmomoBr)が増加したが、ダイオキシン/フラン類の総排出量は増加しなかったことが報告されています。6)
これは、前記した、プラスチック処理促進協会のプラスチック処理量とダイオキシン量は相関が見られなかったことと一致していると考えられます。従って、焼却炉で難燃プラスチックを焼却しても、ダイオキシン/フラン類の排出量が現状以上に増加することはないと考えられます。
更に、排ガスを活性炭処理することにより、放出排ガス中のダイオキシン/フラン類の排出量はドイツの排出規制値<0.1ngTEQ/Nm3>の100分の1以下にあたる0.001ngTEQ/Nm3以下であったことが報告されています。

【 参 考 】
テストされたTAMARAの焼却炉と同能力焼却炉で、塩素系ダイオキシン/フラン類が10000ng/h(TAMARAのテストの100倍以上)生成すると仮定しても、250Kg/hの処理でダイオキシン/フラン類が生成するために必要な塩素量は、最大で33mg有れば良い。ところが、TAMARAのテストに用いられた都市ゴミの中には塩素は145000〜1537500mg/h、臭素は8500〜15500mg/hが供給されています。従って、すでに、必要塩素量の450万倍以上供給されています。分別収集が進んでいるドイツの都市ゴミにおいてさえ、ダイオキシン/フラン類の総量は増加しなかったと推定されます。

4.新たな処理法
新たな処理法として、ガス化溶融炉、高炉等を用い、その還元雰囲気下で1000℃以上の高温で処理し、ガスを200℃以下に急冷することにより、ダイオキシン/フラン類の生成・排出を、基準値(新設炉で0.1ngTEQ/Nm3以下)より遥かに低い値とすることが出来ると言われています。
この処理法では、焼却灰やそのままではリサイクルが非常に難しいプリント基板等の難燃剤を含む熱硬化性プラスチックも、ダイオキシン/フラン類の生成・排出なく(ケミカルリサイクル、フィードストックリサイクル)処理が可能であると言われています。
木村らは臭素系難燃剤を含む廃プラスチックとダイオキシン/フラン類の処理が難しいとされる焼却残渣を混合溶融燃焼させることによってダイオキシン/フラン類は99.9%以上分解できることを報告しています。7)

5.難燃プラスチックのリサイクル
臭素系難燃剤を含む熱可塑性樹脂のリサイクルについては、問題なくリサイクルできることが日本難燃剤協会・BSEF共催のセミナーでも繰返し報告されています。8,9,10)

6.難燃剤中のダイオキシン/フラン類
臭素系難燃剤中に不純物として、臭素系ダイオキシン/フラン類が含有されている可能性も指摘されますが、日本難燃剤協会に所属しているメーカーから市販されている臭素系難燃剤は、製品中に含まれる有害なダイオキシン/フラン類の含有量を規制している(世界で最も厳しい)ドイツのダイオキシン法令の規制値以下です。11)

7.おわりに
臭素系ダイオキシン/フラン類(臭素のみが付加)、臭素系ダイオキシン/フラン類(塩素及び臭素が付加)についての知見がまだ少ないため、臭素系難燃剤に対する、種々の推測、誤解が生じているのが現状であると考えられます。このため、得られた臭素系難燃剤に関する情報は積極的に公開していきたいと考えています。
日本でも、プラスチック処理協会等で、燃焼条件とダイオキシン/フラン類の生成・排出についての検討が現在行われ始めており、これらの結果は2001年のセミナーで発表されました。
今後、臭素系難燃剤を用いることによる、利益とリスクを冷静に判断し、リスクアセスメント、リスクマネジメントの観点からの議論をすべき時期ではないかと思われます。

注)ダイオキシン/フラン類は210種類有り、そのうち17種類が毒性を有すると見なされ、他の193種類は毒性が有りません。その17種類を一番毒性が強い2,3,7,8TeCDDに換算(WHOで係数が決められている。)したときの値をngTEQ等と表します。TEQ表示がない場合、検出されたダイオキシン/フラン類の種類により毒性が非常に弱い物、毒性のない物も含まれている可能性も有り、数値だけでは危険性は判断できません。
臭素化(系)ダイオキシン/フラン類は換算係数が無いため、塩素系と同じ換算係数を用いています。下記にその換算係数(TEF)を示します。(人、ほ乳類に対する数値)
2,3,7,8-TeCDD : 1, 1,2,3,7,8-PeCDD : 1,
1,2,3,4,7,8-, 1,2,3,6,7,8-, 1,2,3,7,8,9-HxCDD : 0.1,
1,2,3,4,6,7,8-HpCDD : 0.01, OCDD : 0.0001,
2,3,7,8-TeCDF : 0.1, 2,3,4,7,8-PeCDF : 0.5, 1,2,3,7,8,-PeCDF : 0.05,
1,2,3,4,7,8-, 1,2,3,6,7,8-, 1,2,3,7,8,9-, 2,3,4,6,7,8-HxCDF : 0.1,
1,2,3,4,6,7,8-, 1,2,3,4,7,8,9-HpCDF : 0.01, OCDF : 0.0001,

1)Buser,H.R.,:Polybrominated dibenzofurans and dibenzo-p-dioxins:Thermal
reaction products of polybrominated diphenyl ether flame retardants,
Environ.Sci.Technol.,Vol.20,p404〜408(1986)
2)武田:難燃のメカニズムと環境問題,第36回高分子材料セミナー予稿集、p1〜5(1998)
3)R.Addink, et.al:Mechanisims of formation and destruction of polychlorinated
dibenzo-p-dioxins and dibenzofurans in heterogeneous systems,
Environ.Sci.Technol.,Vol29,p1425〜1435(1995)
4)平山:焼却炉におけるダイオキシン対応技術,ケミカル・エンジニアリング,Vol.(4),
5)プラスチック処理促進協会:プラスチック廃棄物の処理とダイオキシン,ポリマーダイジェスト,7月号、p42〜50(1998)
6)Juergen Vehlow, Frank E.Mark:Electrical and electoronic plastics waste co-combustion with MunicipalSolid Waste for energy recovery, Report for APME(1997)
7)木村 et.al:炭素を含む可燃物と灰の混合溶融における臭素化ダイオキシン類の挙動,第10回廃棄物学会研究発表会講演論文集,p808〜818(1999)
8)徳勢:OA機器のリサイクル−特にプラスチック材料を中心として,難燃セミナー‘98予講集、p33(1998)
9)Stephan Hamm:臭素系難燃化プラスチックポリマーの独ダイオキシン規正法適合性,難燃セミナー‘99予講集、p37〜60(1999)
10)今井:難燃プラスチックのリサイクル性比較,難燃セミナー2000、p63〜94(2000)
11)南宅:リサイクル性に優れた臭素化エポキシ系難燃剤「SH−Tシリーズ」,プラスチックエージ,Vol46(9),p115〜119(2000)等


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